福沢 諭吉   (1835-1901)

大阪生まれ。明治の代表的な啓蒙思想家。父は中津藩士で、福沢が生まれた当時は大阪の蔵屋敷詰であった。父の死後中津に戻り、白石常人に師事し、その後大阪に出て、緒方洪庵に蘭学を学ぶ。万延元年(1860)から慶応3年(1867)にかけて幕府の遣欧米使節に3度参加し、『西洋事情』等の著作を通じて欧米文化を紹介した。4年(1868)慶応義塾を創設。明治以降官職に就かず、位階勲等を受けなかった。『学問のすすめ』(1872)、『文明論之概略』(1875)など多数の著作を発表した。

「近代日本人の肖像」より

Wikipedia「福澤諭吉

「青空文庫」より

福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、天保5年12月12日(1835年1月10日)- 明治34年(1901年)2月3日)は、日本の武士(中津藩士のち旗本)、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。 慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設にも尽力した。 他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務めた。 そうした業績を元に明治六大教育家として列される。 昭和59年(1984年)から日本銀行券一万円紙幣表面の肖像に採用されている。 諱は範(はん)。 字は子囲(しい、旧字体:子圍)。 揮毫の落款印は「明治卅弐年後之福翁」。 雅号は、三十一谷人(さんじ...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ フクザワ ユキチ
人物別名 福沢諭吉
生年 1835年
没年 1901年
職業・経歴等 教育家

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