高橋 多一郎   (1814-1860)

高橋 多一郎(たかはし たいちろう、文化11年(1814年)- 万延元年3月23日(1860年4月13日))は、幕末の武士。 水戸藩士。 桜田門外の変の首謀者の一人。 諱を愛諸、字を敬卿、号を柚門、変名を磯辺三郎兵衛といった。 妻は茅根信一の女。 子に高橋庄左衛門(荘左衛門とも)、弟に鮎沢伊太夫がいる。 家紋は九枚笹。 位階は贈正四位。 靖国神社合祀。 [生涯] 水戸藩士・高橋諸往の長男として生まれる。 藤田幽谷の門弟・国友善菴や藤田東湖に学び、尊王攘夷論に傾倒。 改革派屈指の秀才と言われる。 天保10年(1839年)、家督を継ぐ。 藩主・徳川斉昭に抜擢され床几回組に属する。 天保12年(1...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ タカハシ タイチロウ
人物別名 高橋多一郎
生年 1814年
没年 1860年

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
遠近橋 [高橋多一郎著] ; 日本史籍協會編 東京大学出版会
2016.3
遠近橋 高橋多一郎 編著 東京大学出版会
1976.5
遠近橋 高橋多一郎 著 国書刊行会
大正1
遠近橋 高橋多一郎 著 国書刊行会
1912
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