原 民喜   (1905-1951)

被爆体験を作品に刻んだ、小説家、詩人。広島市生まれ。広島高等師範学校附属中学校時代から詩作を始め、慶應義塾大学文学部予科に進んで、山本健吉らと同人誌を発行。小説にも手を染める一方、左翼運動に関わる。慶應義塾大学文学部英文科に進学し、1932(昭和7)年卒業。翌年、佐々木基一の姉、永井貞恵と結婚。1935(昭和10)年、掌編小説集「焔」を自費出版。翌年8月、「三田文学」に「貂」を掲載。以降、同誌を中心に旺盛に作品を発表していく。1939(昭和14)年、妻の体調悪化。1942(昭和17)年1月、千葉県立船橋中学校に、英語教師として週三回勤務。1944(昭和19)年3月、同中学退職。9月、妻死去。翌年1月、千葉から広島市幟町の生家に疎開。8月6日、爆心地に近いこの家で、被爆する。広島の惨状を綴った「夏の花」をこの年のうちに書き上げる。当初、1946(昭和21)年1月の「近代文学」創刊号に発表を予定していた「夏の花」は、GHQの検閲を考慮して発表が見送られる。同年4月、上京。被爆体験と妻との別れをテーマとした作品を、優れぬ体調と貧窮の中で書き続ける。1947(昭和22)年、「三田文学」6月号に「夏の花」掲載。1951(昭和26)年3月13日、中央線、吉祥寺・西荻窪間で鉄道自殺。Wikipedia「原民喜

「青空文庫」より

原 民喜(はら たみき、1905年(明治38年)11月15日 - 1951年(昭和26年)3月13日)は、日本の小説家、詩人、俳人。 俳号は杞憂。 [生涯] 1905年11月15日、広島県広島市幟町に生まれる。 陸海軍・官庁用達の縫製業を営む父原信吉の五男。 11歳で父を亡くしたショックから極端な無口となり、兄・守夫と家庭内同人誌『ポギー』を発刊して詩作を始めた。 またその頃死の床にあった姉ツルから聖書の話を聞き、生まれ変わるような衝撃を受けた。 1923年広島高等師範学校付属中学(現:広島大学附属高等学校)四年を修了し、大学予科の受験資格が与えられた為に一年間登校せず、ロシア文学を愛読し、...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ハラ タミキ
人物別名 原民喜
生年 1905年
没年 1951年
職業・経歴等 小説家

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
魔のひととき : 無伴奏混声合唱のための 原民喜詩 ; 寺嶋陸也作曲 音楽之友社
2019.10
夏の花ほか 戦争文学 原民喜 ほか 著 筑摩書房
2017.1
原民喜童話集 原民喜 著 ; 未明編集室 編 イニュニック
2017.11
原民喜童話集 原民喜著 ; 未明編集室編 イニュニック
2017.11
幼年画 原民喜 著 瀬戸内人
2016.8
「夏の花」三部作 : 他6篇 原民喜[ほか著] 響林社
2016.10
原民喜戦後全小説 原民喜 [著] 講談社
2015.6
原民喜全詩集 原民喜 作 岩波書店
2015.7
原爆の惨禍 蜂谷道彦, 原民喜, 秋月辰一郎, 林京子 著 原書房
2015.7
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