山田 乙三   (1881-1965)

山田 乙三(やまだ おとぞう、1881年(明治14年)11月6日 - 1965年(昭和40年)7月18日)は、日本の陸軍軍人。 最終階級は陸軍大将。 最後の関東軍総司令官としてソ連軍に降伏した。 [経歴] 成城学校(新宿区原町)を経て、陸軍士官学校14期生。 同期に古荘幹郎、西尾寿造、宇佐美興屋らがいる。 陸軍大学校24期。 同期に土肥原賢二、飯田貞固、牛島貞雄、香月清司、酒井鎬次、谷寿夫、柳川平助、山岡重厚。 終戦時、関東軍参謀長秦彦三郎や参謀副長松村知勝、作戦主任参謀草地貞吾らとともにソ連に抑留され10年以上経って日本へ帰国した。 [年譜] 1901年(明治34年)5月 陸軍中央幼年学...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ヤマダ オトゾウ
人物別名 山田乙三
生年 1881年
没年 1965年
職業・経歴等 大使

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