山本 北山(やまもと ほくざん、宝暦2年(1752年) - 文化9年5月18日(1812年6月26日))は、江戸時代中期の儒学者である。 名は信有、字を天禧、通称 喜六、憙六、北山は号、別号に考経楼主人、学半堂逸士、奚疑翁、竹堤隠逸などがある。 [経歴] 北山は江戸の裕福な武家の家庭に育った。 幼少より文学を好み、また鋭敏で自尊心の強い性分であった。 父を早くに亡くし、母ひとりによって愛情深く育てられる。 江戸小石川の白山 本念寺の近くに居住していた。 はじめに山崎桃渓に素読を学び、その後15歳にして経学を学んだ。 これは井上金峨による折衷学を 躋寿館において聴講したものと推考される。 北山...
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