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中井 木菟麻呂(1855-1943)
中井 木菟麻呂(なかい つぐまろ、安政2年6月11日(1855年7月24日) - 昭和18年(1943年)3月25日)は漢学者であり正教徒。号は天生。聖名はパウェルであった。中井桐園の長男として懐徳堂内に生まれる。 自身が14歳の時に閉校された懐徳堂(重建懐徳堂)の再建に尽力すると共に、ニコライ・カサートキンを助けて日本正教会のために、聖書や、正教会の各種祈祷書の翻訳を行う中心人物の一人となった事でも知られる。日本における正教会の奉神礼の基礎を固めた一人であり、戦後、重建懐徳堂は、新制大阪大学に受け継がれたという意味で、大阪大学文系の源流を作った一人としても評価できる(戦前の大阪帝国大学...
この人物の情報
schema:alternateName | ナカイ ツグマロ |
schema:name | 中井 木菟麻呂; 中井木菟麻呂 |
schema:abstract | 中井 木菟麻呂(なかい つぐまろ、安政2年6月11日(1855年7月24日) - 昭和18年(1943年)3月25日)は漢学者であり正教徒。号は天生。聖名はパウェルであった。中井桐園の長男として懐徳堂内に生まれる。 自身が14歳の時に閉校された懐徳堂(重建懐徳堂)の再建に尽力すると共に、ニコライ・カサートキンを助けて日本正教会のために、聖書や、正教会の各種祈祷書の翻訳を行う中心人物の一人となった事でも知られる。日本における正教会の奉神礼の基礎を固めた一人であり、戦後、重建懐徳堂は、新制大阪大学に受け継がれたという意味で、大阪大学文系の源流を作った一人としても評価できる(戦前の大阪帝国大学... |
schema:birthDate | 1855 |
schema:deathDate | 1943 |
schema:description | 漢学者 |