次田 大三郎   (1883-1960)

次田 大三郎(つぎた だいざぶろう、明治16年(1883年)3月18日 - 昭和35年(1960年)9月15日)は、貴族院議員ならびに廣田内閣の法制局長官、幣原内閣の内閣書記官長。 岡山県西大寺水門町(現・岡山市)に生まれる。 第六高等学校 (旧制)、東京帝国大学卒業。 野坂参三は義弟。 平成3年(1991年)に 山陽新聞社で『次田大三郎日記』が刊行された。 [来歴・人物] 東京帝国大学で法律を勉強し、官僚となる。 大正13年(1924年)1月、茨城県知事に就任。 大正14年(1925年)9月土木局長となり、昭和2年(1927年)職を辞する。 昭和4年(1929年)公職に復帰し、地方局長、警...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ツギタ ダイサブロウ
人物別名 次田大三郎
生年 1883年
没年 1960年
職業・経歴等 閣僚経験者

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
次田大三郎日記 太田健一 [ほか]著 山陽新聞社
1991.7
地方財政の現状 次田大三郎述 ; 新日本同盟編 新日本同盟
1929
地方事務の整理 [次田大三郎述] 内務省地方局
1918.3
この人物の作品が掲載されている本を検索
この人物を: 
このエントリーをはてなブックマークに追加

このページを印刷

外部サイトで検索

この人物と繋がる本を検索

ウィキペディアから連想