池辺 三山(いけべ さんざん、1864年3月12日(文久4年2月5日)- 1912年2月28日)は、明治期日本のジャーナリスト。 本名は吉太郎、字は任道、諱は重遠、別号に鉄崑崙、無字庵主人、木生など。 日本のジャーナリストの先駆けといわれる。 [人物・生涯] 肥後国熊本(現熊本県熊本市)生まれ。 父 池辺吉十郎、母 世喜の長男として生まれる。 父 吉十郎は熊本藩士として秀でた武人であり、西南戦争の時、熊本隊を率いて西郷隆盛軍に参加するが、敗戦時に処刑されるという非運に見舞われた。 大阪朝日新聞、東京朝日新聞の主筆を歴任。 朝日新聞隆盛の礎を築いたひとり。 公明正大で高い識見の言論は、政治や思...
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