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島 秀之助(1908-)
島 秀之助(しま ひでのすけ、1908年6月21日 - 1995年12月26日)は、兵庫県神戸市生まれのプロ野球選手・監督・審判員。 来歴・人物 神戸市立第一神港商業学校時代外野手として4年連続で甲子園に出場。法政大学時代東京六大学野球リーグ通算97試合出場、341打数74安打、打率.217、0本塁打、47盗塁。盗塁王を2度獲得。若林忠志とは法政大時代同期、苅田久徳は1年後輩にあたる。 卒業後、1933年に逓信省の簡易保険局に入り、3年間その野球チームの選手兼任監督を務め、同時に、東京六大学野球の専属審判も務める。 1936年に、職業野球初の移籍選手として東京ジャイアンツから選手兼任監...
この人物の情報
schema:alternateName | シマ ヒデノスケ |
schema:name | 島 秀之助; 島秀之助 |
schema:abstract | 島 秀之助(しま ひでのすけ、1908年6月21日 - 1995年12月26日)は、兵庫県神戸市生まれのプロ野球選手・監督・審判員。 来歴・人物 神戸市立第一神港商業学校時代外野手として4年連続で甲子園に出場。法政大学時代東京六大学野球リーグ通算97試合出場、341打数74安打、打率.217、0本塁打、47盗塁。盗塁王を2度獲得。若林忠志とは法政大時代同期、苅田久徳は1年後輩にあたる。 卒業後、1933年に逓信省の簡易保険局に入り、3年間その野球チームの選手兼任監督を務め、同時に、東京六大学野球の専属審判も務める。 1936年に、職業野球初の移籍選手として東京ジャイアンツから選手兼任監... |
schema:birthDate | 1908 |
schema:description | 野球選手 |