品川 弥二郎   (1843-1900)

山口生まれ。政治家。父は萩藩士。安政4年(1857)松下村塾に入り、吉田松陰に師事。以後尊皇攘夷運動に奔走。文久2年(1862)イギリス公使館焼討事件に参加。戊辰戦争では奥羽鎮撫総督参謀、整武隊参謀をつとめる。明治3年(1870)欧州留学。帰国後、内務大書記官、内務少輔、農商務大輔などを歴任。農林業の育成に力を注ぐ。駐独公使、宮中顧問官、枢密顧問官をへて、24年(1891)第1次松方内閣内相に就任。民党に対する大規模な選挙干渉を行い辞職。以後国民協会を創設し、副会頭となる。また産業組合の結成にも尽力した。「トコトンヤレ節」の作詞者でもある。

「近代日本人の肖像」より

品川 弥二郎(しながわ やじろう、天保14年閏9月29日(1843年11月20日)- 明治33年(1900年)2月26日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家。 勲一等子爵。 名は省吾、弥吉。 号は扇洲。 別称に橋本八郎、松本清熊などがある。 [経歴] 天保14年(1843年)、長州藩の足軽・品川弥市右衛門の長男として生まれた。 安政5年(1858年)、松下村塾に入門して吉田松陰から教えを受けるが、安政6年(1859年)に安政の大獄で松陰が刑死すると、高杉晋作らと行動を共にして尊王攘夷運動に奔走し、英国公使館焼き討ちなどを実行している。 元治元年(1864年)の禁門の変では八幡隊長として参戦し...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ シナガワ ヤジロウ
人物別名 品川弥二郎
生年 1843年
没年 1900年
職業・経歴等 政治家

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
2008.12
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
2003.9
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
1999.7
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
1997.12
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
1995.12
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
1994.12
品川弥二郎関係文書 尚友倶楽部品川弥二郎関係文書編纂委員会 編 尚友倶楽部
1993.9
信用組合提要 品川弥二郎, 平田東助 著 国光社
明29.3
信用組合提要 品川弥二郎, 平田東助 著 博文館
明29.8
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