張 廷玉   (1672-1755)

張廷玉(ちょうていぎょく、1672年(康熙11年) - 1755年(乾隆20年))は字が衡臣、号が研齋の安徽桐城出身の政治家。 保和殿大学士、軍機大臣、太保の位を得て、三等伯に封ぜられ、三朝に渡って五十年仕えた。 康熙十一年生まれで、父は康熙朝の大学士・張英。 康熙三十九年に進士(科挙の最終合格者)となる。 康熙朝の検討、直南書房、洗馬、侍講学士、内閣学士、刑部侍郎、吏部侍郎等の職を歴任。 雍正元年礼部尚書に昇進、次年に戸部尚書、翰林院掌院学士、国史館総裁、太子太保へ転任。 三年、大學士の仕事に配属される。 四年、文淵閣大学士、戸部尚書、翰林院掌院学士へ進み,康熙實録總裁官を兼任。 六年(17...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ チョウ テイギョク
人物別名 張廷玉
生年 1672年
没年 1755年

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
明史拔萃 [清] [張廷玉原撰] 読我書楼
[1870?]
明史三傳 6巻 [(清)張廷玉奉敕撰] 英大助
嘉永6 [1853]
明史三傳 6巻 - [ほか
河内屋茂兵衛
英大助
嘉永5 [1852]
明史三傳 6巻 [(清)張廷玉奉敕撰] 河内屋茂兵衛
河内屋藤兵衛
英大助
嘉永5 [1852]
明史三傳 6巻 - 河内屋茂兵衛
[嘉永年間以降]
資治通鑑綱目 59巻首1巻坿前編25巻首1巻續27巻首1巻末1巻3編20巻首1巻 (宋) 朱熹, 趙訥齋 [撰] ; (明) 黄仲昭 [注] ; (明) 陳仁錫評閲 ; (日本) 三宅可參 [校] ; (日本) 増田希哲 [補] 徳島府學
文化6 [1809] [跋]
資治通鑑綱目 59巻首1巻坿前編25巻首1巻續27巻首1巻末1巻3編20巻首1巻 (宋) 朱熹, 趙訥齋 [撰] ; (明) 黄仲昭 [注] ; (明) 陳仁錫評閲 ; (日本) 三宅可參 [校] ; (日本) 増田希哲 [補] 徳島府學
文化6 [1809] [跋]
明史朝鮮傳 不分卷 (清) 張廷玉修 ; (日本) 小池桓訂 木村理兵衛
永田調兵衛
寶暦11 [1761]
明史文苑傳 4卷 (清) 張廷玉等奉敕修 ; (日本) 關世美句讀 廣文堂 圓屋清兵衛
寛延4 [1751]
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