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中村 六三郎(1841-1907)
中村 六三郎(なかむら ろくさぶろう、天保12年(1841年) - 明治40年(1907年))は、長崎出身の教育者である。三菱商船学校(後官立東京商船学校)初代校長、日本海員掖済会創立に参与した。 人物・略歴 長崎西浜町呉服舗の藤井太兵衛と妻のぶ(村山氏)の次男として生まれる。六三郎は異母兄(母は田島氏)幸之進が中村家の養嗣となっていたので、藤井家の父母の没後、六三郎は兄の子として中村家に引き取られた。13歳の時である。 六三郎は、15歳にして高島浅五郎(秋帆の長子)及び久松土岐太郎(秋帆の次男)の門に入ってオランダ砲術を学んだ。17歳にして長崎奉行所の命により蘭人教師ハントロイエンに...
この人物の情報
schema:alternateName | ナカムラ ロクサブロウ |
schema:name | 中村 六三郎; 中村六三郎 |
schema:abstract | 中村 六三郎(なかむら ろくさぶろう、天保12年(1841年) - 明治40年(1907年))は、長崎出身の教育者である。三菱商船学校(後官立東京商船学校)初代校長、日本海員掖済会創立に参与した。 人物・略歴 長崎西浜町呉服舗の藤井太兵衛と妻のぶ(村山氏)の次男として生まれる。六三郎は異母兄(母は田島氏)幸之進が中村家の養嗣となっていたので、藤井家の父母の没後、六三郎は兄の子として中村家に引き取られた。13歳の時である。 六三郎は、15歳にして高島浅五郎(秋帆の長子)及び久松土岐太郎(秋帆の次男)の門に入ってオランダ砲術を学んだ。17歳にして長崎奉行所の命により蘭人教師ハントロイエンに... |
schema:birthDate | 1841 |
schema:deathDate | 1907 |
schema:description | 教員 |