宮本 百合子   (1899-1951)

作家。旧姓は中条、本名はユリ。東京生まれ。日本女子大学英文科中退。1916(大正5)年(17歳)坪内逍遙の紹介で中条百合子「貧しき人々の群」を「中央公論」に発表。1918年父精一郎と渡米。翌年コロンビア大学聴講生となるが、ニューヨークで古代東洋語の研究者荒木茂と知りあい結婚。12月帰国。1924年離婚。以後ロシア文学者湯浅芳子と同居生活に入る。この間「伸子」執筆に専念。1927年12月湯浅とともにソ連に外遊。滞在中に西欧旅行など経たのち1930(昭和5)年11月帰国。翌月日本プロレタリア作家同盟に加入。1932年2月宮本顕治と結婚。1933年12月日本共産党スパイ査問事件に関する容疑により顕治検挙。翌年中条から宮本へ改姓。敗戦までの厳しい期間のなか百合子も投獄・執筆禁止などをくりかえしながら作家活動に励む。1945年10月顕治釈放。夫とかわした書簡はのちに「十二年の手紙」として刊行。戦後も社会運動・執筆活動へ精力的に取り組み多くの作品を残した。Wikipedia「宮本百合子

「青空文庫」より

宮本 百合子(みやもと ゆりこ、1899年(明治32年)2月13日 - 1951年(昭和26年)1月21日)は昭和期の小説家、評論家。 旧姓は中條(ちゅうじょう)、本名はユリ。 日本女子大学英文科中退。 17歳の時に『貧しき人々の群』で文壇に登場、天才少女として注目を集め、その後もプロレタリア文学の作家、民主主義文学のリーダー、左翼運動家として活動した。 日本共産党元委員長宮本顕治の妻で、宮本と共に投獄、執筆禁止などを繰り返した。 [来歴] 中條ユリは、大正時代の著名な建築家中條精一郎と妻・葭江の長女として、東京市小石川区(現・文京区 )に生まれた。 父・精一郎は山形県米沢に生まれ、東京帝国...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ミヤモト ユリコ
人物別名 宮本百合子

宮本, ユリ

中条, ユリ
生年 1899年
没年 1951年
職業・経歴等 小説家
をも見よ 中条, 百合子(1899-1951)

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
セメント樽の中の手紙ほか 葉山嘉樹 ほか 著 筑摩書房
2017.3
日本文学全集 池澤夏樹 個人編集 河出書房新社
2017.3
日本文学全集 池澤夏樹 個人編集 河出書房新社
2017.5
図書館情調 日比嘉高 編 皓星社
2017.6
新編若き知性に 宮本百合子 著 新日本出版社
2017.7
日本文学全集 池澤夏樹 個人編集 河出書房新社
2017.7
アンソロジー・プロレタリア文学 楜沢健 編 森話社
2015.5
福島の文学 講談社文芸文庫 編 ; 宍戸芳夫 選 講談社
2014.3
アンソロジー・プロレタリア文学 楜沢健 編 森話社
2014.4
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