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川合 清丸(1848-1917)
川合 清丸(かわい きよまる、嘉永元年11月21日(1848年12月16日) - 大正6年(1917年)6月24日)は、神道・禅・儒学の三道を融合して、「日本の国教」を確立しようとした思想家、宗教家。字は子徳、号は山陰道士、無々道人。 経歴 因幡国箆津(現、鳥取県琴浦町)出身。父親が太一垣神社の神職であったので、幼少から神道を学び、太一垣神社の社掌となった。 明治6年(1873年)に大神山神社の権宮司となる。大神山神社と大山寺との関係から生じた神仏分離問題に関する庶務で東京に出た時に、神仏への信仰や道徳心の荒廃した風潮を目の当たりにしたという。これをきっかけに、神道のみならず儒教・仏教...
この人物の情報
schema:alternateName | カワイ キヨマル |
schema:name | 川合 清丸; 川合清丸; 無々道人 |
schema:abstract | 川合 清丸(かわい きよまる、嘉永元年11月21日(1848年12月16日) - 大正6年(1917年)6月24日)は、神道・禅・儒学の三道を融合して、「日本の国教」を確立しようとした思想家、宗教家。字は子徳、号は山陰道士、無々道人。 経歴 因幡国箆津(現、鳥取県琴浦町)出身。父親が太一垣神社の神職であったので、幼少から神道を学び、太一垣神社の社掌となった。 明治6年(1873年)に大神山神社の権宮司となる。大神山神社と大山寺との関係から生じた神仏分離問題に関する庶務で東京に出た時に、神仏への信仰や道徳心の荒廃した風潮を目の当たりにしたという。これをきっかけに、神道のみならず儒教・仏教... |
schema:birthDate | 1848 |
schema:deathDate | 1917 |
schema:description | 思想家 |