山道 襄一   (1882-1941)

山道 襄一(やまじ じょういち、1882年(明治15年)3月15日 - 1941年(昭和16年)5月11日)は、日本の衆議院議員(憲政会→立憲民政党→国民同盟→立憲民政党)、ジャーナリスト。 [経歴] 広島県賀茂郡板城村(現在の東広島市)出身。 1906年に早稲田大学政治経済科卒業。 鳥取新聞社の主筆を務めた後、韓国に渡り、『大韓日報』の主筆となり、また習俗慣行の調査にあたった。 韓国併合後、大韓日報が廃刊になると、雑誌『新半島』を経営し、朝鮮総督府の嘱託として引き続き習俗調査を行った。 1912年、衆議院広島県郡部補欠選挙に当選した。 以後、当選10回を数え、その間加藤高明内閣・第1次若槻...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ヤマジ ジョウイチ
人物別名 山道襄一
生年 1882年
没年 1941年
職業・経歴等 ジャーナリスト

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
亜細亜の将来と主盟日本の態度 : 三九年を目指し危機迫る 山道襄一 著 日本人社
昭和11
建設途上の滿洲に旅して 山道襄一 著 山道襄一
1933.12
日本再建論 山道襄一 著 千倉書房
昭和7
朝鮮半島 山道襄一 著 日韓書房
1911.6
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