吉田 東洋   (1816-1862)

吉田 東洋(よしだ とうよう、1816年(文化13年) - 1862年5月6日(文久2年4月8日)は江戸時代末期の武士・土佐藩士。 父は土佐藩士・吉田光四郎正清、母は吉田正幸の娘。 室は藩士後藤正澄の三女。 号は東洋。 幼名は郁助。 通称は官兵衛、元吉。 諱は正秋。 後藤象二郎は義理の甥にあたる。 [生涯] 1816年(文化13年)、土佐藩上士・吉田正清(馬廻格・200石)の四男として高知城下帯屋町に生まれる。 1823年(文政6年)、庶兄の早世によって嗣子となる。 1837年(天保8年)、口論のすえに家僕を無礼討ちしたことから蟄居する。 1841年(天保12年)、父正清の死去により家督を相...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ヨシダ トウヨウ
人物別名 吉田東洋

吉田, 正秋

正秋

子悦

東洋
生年 1816年
没年 1862年
職業・経歴等 世尊寺家

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
吉田東洋遺稿 吉田東洋 [著] 東京大学出版会
2015.1
吉田東洋遺稿 吉田東洋 [著] ; 日本史籍協會編 東京大学出版会
1974.11
吉田東洋遺稿 - 日本史籍協会
1929
吉田東洋遺稿 大塚武松 編 日本史籍協会
昭和4
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