石橋 思案(いしばし しあん、1867年7月3日(慶応3年6月2日) - 1927年(昭和2年)1月28日)は、日本の小説家。 本名、助三郎。 横浜弁天町生れ。 東京帝国大学中退。 尾崎紅葉らとともに硯友社を創設し「我楽多文庫」を発行。 「乙女心」「わが恋」「京鹿子」などを発表したが振るわず、後に博文館に入社し、『文芸倶楽部』を編集した。 「雨香」とも号し、また都々逸では「自劣亭」の号を用いて活躍した。 [経歴] 1867年(慶応3年)6月2日、横浜の弁天町に石橋政方の長男として生れる。 父・政方は外務省官吏。 祖父は長崎の通詞で、石橋助左衛門といった。 幼少時に上京し神田に住む。 お茶の水...
「Wikipedia」より