裏松 光世   (1736-1804)

裏松 光世(うらまつ みつよ、元文元年11月11日(1736年12月12日) - 文化元年7月26日(1804年8月31日))は、江戸時代の有職故実家、公卿。 烏丸光栄の子、裏松益光の養子。 日野資枝は弟。 法名は固禅。 娘に、直子(正姫、度会房光室)、周子がいる。 思想家竹内敬持と往来があり、宝暦事件に連座し、江戸幕府の忌諱にふれ遠慮という処分を受け2年後「所労と称し出仕致さざる事」との沙汰で永蟄居を命ぜられ、出家させられた。 30年の蟄居生活の間に『大内裏図考證』を著した。 天明8年(1788年)内裏が焼失し、その再建にあたり、その著書の考證を参考とする事となり、その功により、勅命により赦...

「Wikipedia」より

この人物の情報

人物名ヨミ ウラマツ ミツヨ
人物別名 裏松光世

裏松, 固禅
生年 1736年
没年 1804年
職業・経歴等 公家

本の一覧

タイトル 著作者等 出版元 刊行年月
大内裏圖考證 [裏松光世著] 明治図書
1993.6
大内裏圖考證 裏松光世 [著] 明治図書
1951-1952
大内裏圖考證 裏松光世[著] 吉川弘文館
1929-1930
大内裡圖考證 裏松固禪謹輯 ; 藤原廣前謹補正 ; 今泉定介編輯 吉川半七
1901-1902
存採叢書 近藤圭造 編 近藤圭造
明18.12
御引直衣事 固禅輯 書写者不明
寛政11 [1799] 写
草庵集啓蒙 4巻續2巻 固禅 [著] 固禅
宝暦12 [1762]
皇居年表 固禅輯 書写者不明
[1---]
皇居年表 固禅輯 者不明
[1---]
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