ぼく自身あるいは困難な存在

ジャン・コクトー 著 ; 秋山和夫 訳

この本を執筆した当時、コクトーはすでに五十七歳だった。第二次大戦が終結して間もない、占領下の陰惨な記憶も鮮やかな時点で、その多くは世を去った親しい友人たち-ラディゲ、サティ、プルースト、ディアギレフらを回想する的確かつ魅力的な人物論がちりばめられ、エスプリにみちたコクトーの姿と透徹した芸術観が浮かびあがってくる。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 会話について
  • ぼくの幼年時代について
  • ぼくの文体について
  • 仕事について、また伝説について
  • レイモン・ラディゲについて
  • ぼくの身体について
  • ぼくのさまざまの逃亡について
  • フランスについて
  • 演劇について
  • ディアギレフについて、またニジンスキーについて
  • 映画における驚異について
  • 友情について
  • 夢について
  • 読書について
  • 尺度について
  • 幽霊屋敷について
  • 苦しみについて
  • 死について
  • 軽薄ということについて
  • パレ=ロワイヤルについて
  • 魂の操舵について
  • ギョーム・アポリネールについて
  • 笑いについて
  • 存在なしに存在することについて
  • 言葉について
  • 若者たちについて
  • 美について
  • さまざまの風俗について
  • 線について
  • ある無言劇について
  • 責任について

「BOOKデータベース」より

この本の情報

書名 ぼく自身あるいは困難な存在
著作者等 Cocteau, Jean
秋山 和夫
コクトー ジャン
書名ヨミ ボク ジシン アルイワ コンナンナ ソンザイ
書名別名 La difficulté d'être
シリーズ名 筑摩叢書 349
出版元 筑摩書房
刊行年月 1991.2
ページ数 281p
大きさ 19cm
ISBN 4480013490
NCID BN05994493
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全国書誌番号
91033069
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言語 日本語
原文言語 フランス語
出版国 日本
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