中世に生きる律令

早川庄八 著

鎌倉時代までの公家社会では、法意はすりかわり、自在の拡張解釈が行われはしたものの、律令法という枠組みが死滅していたわけではなかった。否むしろ、その枠組みが生きていたからこそ、法意をすりかえ、自在の拡張解釈を行ってまで、律令法と現実との間隙を埋める努力が続けられていたといった方が正確であろう。寛元2年(1244)石清水八幡宮神殿を汚した流血は後嵯峨朝廷を激論の渦に巻きこむ。希代の逆悪、流罪に処すべし、「宗廟」に対する犯罪-この観念が公卿らの念頭をよぎる。しかし「宗廟」に関する規定は日本の律令には存在しない。そして明法博士の答申は、単なる殴打事件・贖銅十斤を科すのみ。公卿らの審議は夜を徹して続く。足かけ2年に及ぶ審理はついに御前会議たる鬼間議定にもちこまれる。そして意外な結末が…。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 「供給」をタテマツリモノとよむこと-日本的接待の伝統
  • 寛元2年の石清水八幡宮神殿汚穢事件-平戸記の関連記事・試読
  • 応安4年の明法勘文

「BOOKデータベース」より

この本の情報

書名 中世に生きる律令
著作者等 早川 庄八
書名ヨミ チュウセイ ニ イキル リツリョウ
書名別名 言葉と事件をめぐって
シリーズ名 平凡社選書 101
出版元 平凡社
刊行年月 1986.10
ページ数 258p
大きさ 20cm
ISBN 4582841015
NCID BN0046624X
※クリックでCiNii Booksを表示
全国書誌番号
87020928
※クリックで国立国会図書館サーチを表示
言語 日本語
出版国 日本
この本を: 
このエントリーをはてなブックマークに追加

このページを印刷

外部サイトで検索

この本と繋がる本を検索

ウィキペディアから連想