公共性のパラドックス : 私たちこそ公共精神の持ち主

平子義雄 著

いま日本ではモノがあふれているのに、幸福だと感じている人は少ない。本来、人間のためにあったはずの公共性が、制度やシステムとして逆に人間を支配しているからだ。公共性のありかを人間の精神活動に求め、それが人間という社会的存在の幸福と直結していることを説く。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 第1章 公共なんてヨソ事?(公共と言えばモノ(制度)ばかり
  • 「人間」はどこにいるのか
  • 弱い「私」
  • ウチとソト
  • 自由とは「気まま」のこと?
  • フェアネスの精神はどこへ行ったのか)
  • 第2章 人間は不要?-効率主義の世界(人間がシステムに引き渡される
  • 資本主義の世界
  • 市場システムの自立)
  • 第3章 「もつ」よりは「ある」ほうがよい(働くことじたいが幸福
  • 価値-社会への通路
  • 価格(カネ)だけが価値なのか
  • 「ある」ことの深さ-自分の奥行き)
  • 第4章 公共性のありかをモノから人間へ(公共性の問題に対処できるのは誰か
  • 「市民」と「生活者」
  • 科学・技術の公共性
  • 経済を生活世界の中へ内部化する
  • 私の保証としての公-古代ポリスという事例)

「BOOKデータベース」より

この本の情報

書名 公共性のパラドックス : 私たちこそ公共精神の持ち主
著作者等 平子 義雄
書名ヨミ コウキョウセイ ノ パラドックス : ワタシタチ コソ コウキョウ セイシン ノ モチヌシ
出版元 世界思想社
刊行年月 2008.7
ページ数 237p
大きさ 19cm
ISBN 978-4-7907-1344-9
NCID BA86480446
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全国書誌番号
21493057
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言語 日本語
出版国 日本
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