人間が手に取るものは必ず消滅する。ゆえにそれは本質的な意味では現実的でない。人間にとって本当に現実的であるものは潜勢態、つまり憧憬としてのみある。現代の徹底した相対主義の中でなお、われわれが絶対なるものに触れうるとしたら、それはどのようにして可能か。著者は相対を脱することなく、相対であるという有りようそのものによって人間は絶対に通じているとする。この二重性の現実を、絶対無と神との関係から信即不信の境地として示し、イエス伝学の考察を通して近代的学問の真理論的反省を論ずるとともに、全体性の回復を試みるニュー・サイエンスの動向に着目して、学問と神秘、事実と意味の関係を解明する。さらに、途上の生という人間理解に基づき、その未完結性に徹するがゆえに可能な、他者理解と宗教間対話の場を探求する。キリスト教神学のみならず、現代における宗教の意義、現代思想や知識論の課題に関心をもつ読者に新鮮な驚きをもたらす好著。
「BOOKデータベース」より