だまされることの責任

佐高信, 魚住昭 著

批判力を棄てたマスコミ、官僚の無策、新自由主義という弱者切り捨て社会…。戦後60年経てもいまだに思考力を持たず、国家の冷酷な無責任体制に盲従する脆弱な現代日本人。「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」-映画監督・伊丹万作が敗戦の翌年すでに日本人の病理を見抜き発表した論文をもとに、権力に斬り込む論客2人が戦前からいまだに変わらぬ日本人の精神構造を鋭く検証する。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 1 "国民的英雄"中坊公平が果たした役割
  • 2 "タカ派"と"宗教"の癒着が腐食させる民主主義
  • 3 戦前から戦後へと連綿と続く「無責任体制」
  • 4 「自己」を溶かす日本人
  • 5 伊丹万作「戦争責任者の問題」と六〇年後の日本
  • 6 普通の顔した右翼の時代
  • 7 読売・渡邉恒雄の深き罪

「BOOKデータベース」より

この本の情報

書名 だまされることの責任
著作者等 佐高 信
魚住 昭
書名ヨミ ダマサレル コト ノ セキニン
書名別名 Damasareru koto no sekinin
シリーズ名 角川文庫
出版元 角川書店 : 角川グループパブリッシング
刊行年月 2008.5
ページ数 201p
大きさ 15cm
ISBN 978-4-04-377507-1
NCID BA8617282X
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全国書誌番号
21447958
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言語 日本語
出版国 日本
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