神学・政治論 : 聖書の批判と言語の自由  下巻

スピノザ【著】<Spinoza Benedictus de>;畠中 尚志【訳】

[目次]

  • 本章にはモーゼ五書並びにヨシュア、士師、ルツ、サムエル、列王の諸巻が之らの人々自身に依つて書かれたのではないことが示される。その後で、之らの諸巻の著者が数人であつたか、それとも一人であつたか、一人であるとすれば一体誰であつたかについて探究される
  • 之らの諸巻に関する他の諸研究、即ちエズラは之らの諸巻に最後の仕上げをしたかどうか、ヘブライ写本の中にある欄外註は異なれる読み方を示したものかどうか
  • 旧約聖に於ける爾余の諸巻が上記の諸巻と同様の方法で吟味される
  • 使徒たちは彼らの書簡を使徒として又預言者として書いたのか、それとも教師として書いたのかが探究される。次いで使徒たちの職分の何たるかが示される
  • 神の律法の真の契約書について。又如何なる意味に於て聖書が聖書と呼ばれ、又如何なる意味に於てそれが神の言葉と呼ばれるか。そして最後に聖書は、神の言葉を含む限りに於ては損はれざる形に於て我々に伝はつたことが示される
  • 聖書の教へは極めて単純なものであること、又聖書は服従以外の何物をも目的としてゐないこと、更に又聖書は神の本性については人間が一定の生活方法に依つて模し得られこと以外の何ものをも教へてゐないことが示される
  • 信仰とは何であり、信仰者とは如何なる人々であるか。更に信仰の諸基礎が規定され、そして終りに信仰が哲学から分離される
  • 神学は理性に隷属せず、理性も神学に隷属しないことが示され、併せて我々が聖書の権威を信ずる理由が説かれる
  • 国家の諸基礎について、各人の自然権及び国民権について、また最高権力の権利について
  • 何びとも一切を最高権力に委譲することが出来ないし、又その必要もないことが示される。更にヘブライ人の国家がモーゼの在世時代にどんな風であつたかについて、又モーゼの死後、諸王が選ばれる前には、どんな風であつたかについて、又その国家の優越性について、最後に又神の国家が亡んだり、騒擾なしには殆ど存続し得なかつたりした理由について語られる〔ほか〕

「BOOKデータベース」より

この本の情報

書名 神学・政治論 : 聖書の批判と言語の自由
著作者等 Spinoza, Benedictus de
畠中 尚志
スピノザ
書名ヨミ シンガクセイジロン : セイショノヒハントゲンロンノジユウ : ゲカン
シリーズ名 岩波文庫
巻冊次 下巻
出版元 岩波書店
刊行年月 1995.3.8
ページ数 307p
大きさ 15cm(A6)
ISBN 4003361520
NCID BN00912957
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言語 日本語
原文言語 ラテン語
出版国 日本
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