聞法の用意

蜂屋賢喜代 著

[目次]

  • 標題
  • 目次
  • 一、 大千世界に、みてらん火をも過ぎゆきて / 1
  • 二、 生活の無意味 / 7
  • 三、 不退轉 / 9
  • 四、 現在世、現在身、現在心 / 12
  • 五、 死んでどうなるのか / 17
  • 六、 還り來らんがためなり / 20
  • 七、 生に處し死に處する力 / 22
  • 八、 不如求道 / 24
  • 九、 供養思想と求道心 / 27
  • 一〇、 求道と聞法 / 29
  • 一一、 憍慢と弊と懈怠 / 33
  • 一二、 聞について / 35
  • 一三、 貪欲の禍 / 39
  • 一四、 誤れる節約 / 44
  • 一五、 易行と難信 / 47
  • 一六、 どゑらい難しいんだぞ / 52
  • 一七、 お前さんは、それでよいよい / 56
  • 一八、 道は二つあるのではない / 61
  • 一九、 思について / 64
  • 二〇、 不完全なる信 / 67
  • 二一、 魂の不在 / 70
  • 二二、 修について / 73
  • 二三、 求道には五躰をつかへ / 76
  • 二四、 懈怠であつてはならぬ / 81
  • 二五、 なんぼ聞いても解らぬ / 84
  • 二六、 贅澤と氣儘 / 89
  • 二七、 水よく石を穿つ / 95
  • 二八、 信は必ず得らるると思ふべし / 98
  • 二九、 佛法は聽聞にきはまる / 101
  • 三〇、 頭が惡いのである / 103
  • 三一、 憍慢心 / 105
  • 三二、 早合點する人 / 106
  • 三三、 心得たと思ふは心得ぬなり / 108
  • 三四、 聽聞の手をゆるめてはならぬ / 110
  • 三五、 一句だけでも好い / 112
  • 三六、 それ位の凖備はなくてはならぬ / 114
  • 三七、 何處から聽聞が始まつてゐるか / 116
  • 三八、 法は何處にでも落ちてゐる / 120
  • 三九、 世話をする人の所得 / 128
  • 四〇、 他人の問は自分の問ひである / 130
  • 四一、 聞いてゐる人が一人も居らぬ / 131
  • 四二、 その籠を水に入れよ / 135
  • 四三、 なんぼ聞いても忘れてしまふ / 137
  • 四四、 毛孔からでも這入つて下さる / 139
  • 四五、 靜かに坐つてゐるだけでも好い / 142
  • 四六、 生活の無理想 / 146
  • 四七、 信の點晴 / 151
  • 四八、 出發と道程と到達と結果 / 153
  • 四九、 釋尊求道の出發點 / 155
  • 五〇、 苦惱の原因は物にあるか / 158
  • 五一、 宗教は「今」の問題なり / 161
  • 五二、 現實問題をぬきにした宗教は空である / 166
  • 五三、 信心は他力なり / 168
  • 五四、 脚下を忘れてゐる / 171
  • 五五、 豫想信 / 174
  • 五六、 「要するに」と考へてはならぬ / 176
  • 五七、 金庫の鍵の如く / 178
  • 五八、 豫想信の種々相 / 182
  • 五九、 惡いことは直さにやならぬのですか / 188
  • 六〇、 此の心は直さなくても可いのか / 195
  • 六一、 何がありがたいのか / 199
  • 六二、 半分だけを受け入れた信念 / 200
  • 六三、 信仰の門外漢 / 203
  • 六四、 自分が變れば他も變る / 209
  • 六五、 求道者と賛成者 / 215
  • 六六、 原因の不明瞭なる塲合 / 217
  • 六七、 惱の原因が判らぬ / 224
  • 六八、 原因の明瞭なる塲合 / 229

「国立国会図書館デジタルコレクション」より

この本の情報

書名 聞法の用意
著作者等 蜂屋 賢喜代
書名ヨミ モンホウ ノ ヨウイ
出版元 成同社
刊行年月 大正14
ページ数 232p
大きさ 16cm
NCID BA90161259
※クリックでCiNii Booksを表示
全国書誌番号
42010392
※クリックで国立国会図書館サーチを表示
言語 日本語
出版国 日本
この本を: 
このエントリーをはてなブックマークに追加

Yahoo!ブックマークに登録
この記事をクリップ!
Clip to Evernote
このページを印刷

外部サイトで検索

この本と繋がる本を検索

ウィキペディアから連想