日本帝国理髪歴史誉之栞

長谷川金左衛門 著

[目次]

  • 標題
  • 目次
  • 從五位下北小路左衞門尉藤原晴基公野に下りたるの理由 / (1)
  • 宮中御寶物渡來並に紛失の理由 / (2)
  • 元祖釆女亮父晴基卿と野に下り業界之先祖に成りし理由 / (6)
  • 元祖釆女亮政之下之關に於て業を始たる年號月日 / (8)
  • 毎月十七日休業並に床場と唱たる深き由緖在る理由 / (9)
  • 父晴基病死の事並に兄弟三人面會の事 / (11)
  • 釆女亮鎌倉に殉死長男北小路藤七郞父の業を繼ぐの理由 / (14)
  • 永祿七年信長公岐阜へ御入城並に藤七郞家康公に拜謁の理由 / (17)
  • 德川公藤七郞に御褒美下賜並に家累御尋の事 / (18)
  • 天正四年藤七郞大坂に轉住御寶物詮議の事 / (20)
  • 秀賴公御他界關ケ原合戰並に家康公征夷大將軍に任ずるの理由 / (22)
  • 藤七郞芝赤羽根に住す地所黃金を賜ふ並に千代田城へ出入の理由 / (23)
  • 藤七郞に御燒印御下賜並に家康公御他界之事 / (24)
  • 叔父宗四郞相續秀忠公へ髮結の理由 / (25)
  • 家光公御上洛並に日光御社參宗四郞御供の理由 / (26)
  • 宗四郞千代田城へ伺候す四代家綱公へ拜謁家累具に言上の理由 / (27)
  • 中山備前守より貳百俵扶持待格式を賜ふ並に大久保彥左衞門奏上の理由 / (28)
  • 髮結床盛んになり北小路藤原藤七郞累圖御下賜の事 / (29)
  • 黃門光圀公攝生並に藤七郞陰謀を密吿御褒めを蒙る理由 / (30)
  • 明曆三年酉の年本鄕よりの出火並藤七郞宗四郞南北町奉行所に駈付働くの理由 / (32)
  • 寛文八年十月神田より出火並に八百八町に髮結床許すの理由 / (35)
  • 髮結師に賦役を免ずる事及び家繼公御他界の事 / (36)
  • 大岡越前守より四ケ條申渡しに相成るの理由 / (38)
  • 業界の者兩町奉行所諸役所へ出入を許さる理由 / (39)
  • 維新明治理髮由來 / (42)
  • 榎木武楊オランダより歸朝並に中村敬輔外十八名英國より歸朝玩具髷を用ひるの理由 / (43)
  • 明治二年神奈川縣廳に斬髮鑑札出願に及ぶの理由 / (45)
  • 横濱山下通並に東京海運橋詰に斬髮師開業の事 / (46)
  • 明治三年東京銀座四丁目並に築地に斬髮師開業の事 / (47)
  • 淺草藏前持丸長者某妾妻女中斬髮になるの理由 / (50)
  • 明治四五年頃總髮斬髮部分並に流行歌の事 / (51)
  • 各府縣斬髮御達しの理由 / (52)
  • 櫛の由來 / (58)
  • 鏡の由來 / (60)
  • 剃刀の由來 / (61)
  • 髮結の由來 / (62)
  • 理髮師と唱へたるの理由 / (63)
  • 月代の由來 / (63)
  • 毎月十七日休業の由來 / (65)

「国立国会図書館デジタルコレクション」より

この本の情報

書名 日本帝国理髪歴史誉之栞
著作者等 長谷川 金左衛門
書名ヨミ ニホン テイコク リハツ レキシ ホマレ ノ シオリ
書名別名 Nihon teikoku rihatsu rekishi homare no shiori
出版元 日本帝国理髪歴史宝讃会
刊行年月 1925
ページ数 66p 図版
大きさ 19cm
全国書誌番号
54011169
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言語 日本語
出版国 日本
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