神慮論

スヱデンボルク 著 ; 鈴木貞太郎 訳

[目次]

  • 標題
  • 目次
  • 神慮とは主の神愛と神智との統治なること / 1
  • 主の神慮は人間種族より天界を造るをその目的とすること / 35
  • 主の神慮はその一切の所爲において無限と永遠とに交涉すること / 60
  • 神慮の法則には人の知らざるものあること / 87
  • 人の行動は理による自由よりせざるべからず、これ神慮の法則なること / 89
  • 神慮の法則によれば、人はおのれよりせる如くにして、その外人における諸惡を取り除かんことを要す。かくして否、かくするにあらざれば、主は內人における諸惡を除き、またそれと同時に外人におけるものを除き給はざること / 136
  • 人は外力の壓迫によりて、宗敎上の諸事物を思惟し、意志すべからず、卽ち之を信じ、之を愛すべからず、必ず自ら進んで此に至らんこと、或は時時自ら責めて此に到らんことを要す、是れ神慮の法則なること / 178
  • 人は聖言、敎說、及びこれに基づける說法により天界よりの主によりて導かれ、また敎へらるべしと云ふは、是れ神慮の法則なること、而してこは外見上、人自らにて爲す如くなること / 219
  • 人は神慮の運爲に關しては何事をも覺知し、感受すべからざれども、尚これが知識を有し、これを是認すべしと云ふは神慮の法則なること / 251
  • 人間自有の智慮なるものあらず、ありと見ゆるは外觀にすぎず、而かも此外觀は必要なること、されど神慮は極微の事物にも行きわたらざるはなきが故に、普遍的なること / 278
  • 神慮は永遠の事物を顧みること、而して此世の事物を顧みるは唯永遠の事物と一致する限りに過ぎざること / 311
  • 人もし其生涯の終りに至るまで、信所屬の諸眞及び仁所屬の諸善のうちに留まり得るにあらざれは、內的に其裡に入るを許されざること / 341
  • 許容の法則も亦神慮の法則なること / 381
  • 諸惡の許しおかるるは、或る目的のためなり、而してその目的とは救濟なること / 455
  • 神慮は惡人にも善人にも等しく存すること / 487
  • 神慮は人をして善をも惡をもその心に取り入れしむることなし、されど人間自有の智慮は兩つながらを取り入るること / 534
  • 人は悉く改悛し得べし、宿命など云ふものはこれなきこと / 577
  • 主はその神慮の諸法則に逆ひて行動する能はざる所以は、此の如くなるときは、その神愛と神智とに逆ふ故に、おのれに逆ひて行動するものなればなること / 617

「国立国会図書館デジタルコレクション」より

この本の情報

書名 神慮論
著作者等 Swedenborg, Emanuel
鈴木 貞太郎
スヱデンボルク
書名ヨミ シンリョロン
書名別名 Shinryoron
出版元 丙午出版社
刊行年月 大正4
ページ数 642p
大きさ 23cm
全国書誌番号
43012355
※クリックで国立国会図書館サーチを表示
言語 日本語
出版国 日本
この本を: 
このエントリーをはてなブックマークに追加

このページを印刷

外部サイトで検索

この本と繋がる本を検索

ウィキペディアから連想